江戸の小噺 三つ目
今日も小噺ネタを一つ。
江戸の小噺にはよくケチなのが出て参ります。
そんな噺をひとつ。
鰻の匂い
あるけちな男、鰻屋のそばへ引っ越してまいりますと、毎日毎日、鰻を焼く匂いを嗅ぎ
まして、
『クンクン、ああ、いい匂いだ。』
なんてんで、この匂いをおかずに、ごはん
を食べております。
月末になりまして、鰻屋から勘定を取りにきまして。
男「ええ、勘定を取りにきたって、あたしは匂いを嗅いでいるだけだよ、なんだいこの勘定書は。」
なんてんで、勘定書を見てみますと、
『ひとつ、鰻の匂い嗅ぎ代、六百文』
とあります。
男「ええ、鰻の匂い嗅ぐだけで、金取るのかい、わかったわかった。」
ってぇと、この男、財布から金を出します。
手の中で、ジャラジャラ音を立てまして。
男「さあ、この音を受け取ってくだされ。」
粋な返です。
よろしいですなぁ。
ちょっとご利益ありそうな噺。
むかしの人は信心が深くって、護摩やら大麻やらをありがたがってたりします。
大麻と言っても、葉っぱじゃありませんよ。
お札とかお守りとか、持ってませんか?
そんな噺です。
御印文
昔は、この御印文(ごいんもん)なんてのを、お寺でいただかせた事がありまして、これを額のところへ押してもらうと、七罪消滅をして、極楽往生ができると言う。
八五郎「吉っつぁーん、いるかい。」
吉平衛「なんでぇ、大勢そろって、どっかへ行くのか。」
八五郎「うん、これからね、みんなで御印文をいただきに行くんだ。」
吉平衛「御印文って、ああ、あの極楽往生ができるってぇ、ああ、いやだ、俺は極楽往生なんかしたくねぇと思っているんだ、いやだよ。」
八五郎「そんな意固地な事を言わないでさ、みんなこうして集まっているんだから、後でいっぱい飲むから、付き合いなよ。」
吉平衛「いっぱい飲むてぇのなら、付き合うけど、言っとくけど、俺は御印文なんてもらわないよ、ああ、ここだ、じゃ、早く行ってきねぇな、ああ、いいよいいよ、俺ぁここで待ってるから、みんなで早く行ってもらってきねぇ。
へへ、ああ、出てきやがった、どうしたい。」
八五郎「えへへ、今、いただいた。」
吉平衛「ぷっ、判子みたいなのもおでこにくっつけて、喜んでやがら、みっともないから、早くつばきを付けて、紙で取っちまいな、じゃ、いっぱい。」
八五郎「ま、いっぱいもいいけれども、ちょっとのどが乾いたぁね、ここの茶店で茶でも飲もう、ばあさん、ごめんよ。」
ばあさん「はーい、いらっしゃいまし。」
八五郎「休ませてもらうからな、それにしてもなんだね、大変な混雑だね、よっぽど御利益があるんだろうね。」
ばあさん「さようでございますなぁ。」
八五郎「ええ、なんだってね、ばあさん、この御印文をいただいたやつと、いただかないやつは、偉い坊さんが見ると分かるなんてぇ事を言うが、本当かね。」
ばあさん「さようでございます、なに、お坊さんでなくても、私でも、いただかない方は、ちゃんと分かります。」
八五郎「へぇ、おばあさんに、分かる、門前の小僧習わぬ経を読む、なんてぇ事を言うが、ばあさんに分かるかね、あ、そうだ、ばあさん、実はね、この中で一人だけ、いやだてんで、強情をはりやがって、御印文をいただかないやつがいるんだ、誰だか分かるかい。」
ばあさん「この中で、一人だけ……、あの、はじの方でしょ。」
八五郎「ああら、図星だ、だから言わないこっちゃないんだよ、神仏の事は悪く言えないんだから、お前も、これからすぐ行って、いくらか包んで、いただいた方がいいぜぇ、みねぇ、ばあさんにぴたりと当てられちまったじゃあないか、おい、ばあさん何か、こいつがいただかないってのが、分かるかね。」
ばあさん「分かります、その方が一番利口そうだから。」
あんまり、利口な方はもらわなかったようでございます。
今日はこんなところで。
また明日、お待ちしてます。